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2018-11

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相似形をなす日本とネパールの政治

5月28日の憲法制定期限を守れず、統一共産党の現首相が辞めることを条件に期限再延長に同意したネパール会議派(実際は会議派も同じ穴のむじな)などなど、ネパール政治の党利党略だけが優先する政治を見ながら日本に来たと思ったら、こちらも自公の菅首相不信任案提出で同じようなことをしていた。
何かあまり差がないように思えた。

カナール首相が辞めると言いながら決まった再延長であるが、再延長が決まったあと、今は辞めないという。
そこらへんまで酷似している。
私がネパールと日本の政治が似ていると思ったのはかなり以前からのことである。
まず国王親政のパンチャーヤト政治の頃、20年以上も前のことであるが、そのパンチャーヤト政治は長いこと続いた自民党一党の派閥政治に似ていると思った。

その他にも、徳川家による世襲専制政治と同じようなラナ家による世襲専制政治が100年間行われ王政復古(1950年)にいたったことなどもどこか日本の歴史と似たところがある。
ネパール政治は、その後の民主政治、そして1961年からの上記パンチャーヤト政治、1990年の民主化、そして現在にいたっている。

以前は、ネパールと日本の政治が類似しているというにはかなり落差があるように感じていたが、党利党略の政治という面でいえば、もう落差とか、相似形などでなくまったく同じように思える。
菅首相と鳩山前首相の覚書で、党は絶対壊さない、自民党に政治は譲らないなどと書いてあったが、それが国民のためであれば良いのであるが、何か国民不在という感がしなくもなかった。
ありふれた言いようであるが、政治に理念と高い志がなければ、その政治は堕落するということなのであろうか。そんな現象を見る思いがする。
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プロフィール

宮原巍

Author:宮原巍
ネパールに住んで45年。
1934年、長野県青木村出身。
1968年トランス・ヒマラヤン・ツアー社(カトマンズ)、1969年ヒマラヤ観光開発株式会社(東京)を設立。その後、ホテル・エベレスト・ビューとホテル・ヒマラヤ・カトマンズを建設。
長年ネパールの観光事業に携わり、ついにはネパールの国籍を取得。
著書に『ヒマラヤの灯火』(文藝春秋刊)、『還暦のエベレスト』(山と渓谷社刊)がある。

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