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2018-11

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ネパールにも地震がある

昔の話になるが、1934年、カトマンズを大地震が襲った。
レンガ造りの家はいとも簡単に倒れ死者数は8,518人と記録されている。
カトマンズのニューロードはそのときに区画されてできた。
1962年、私が来た頃はまだハヌマンドカの旧王宮の一角の塔がそのときの地震で傾いだままになっていた。
カトマンズに住みつくようになって、この45年で3回ほど地震を体験した。
震度2か3程度であろうか。家が倒壊するほどではなかった。
インド国境に接する平野部では、1988年震度6.6地震があった。
この時は死者が1004名であった。
もっとも1934年の地震の時も、震源地は南のその平野部であった。
カトマンズのレンガ造りの家は、震度5か6の地震が来れば、かなり崩壊するのではないかと思われる。
この国は、災害救助がちゃんと行なえる備えはない、そこは覚悟していなければならない。

リビアのカダフィを見ていると、国家とは何か、いかに治安維持とはいえ、国民に銃を向ける。
そこまでして守らなければならないものはい一体何なのか。
それは一旦手にした政治的権力である。
民主主義も大変だけれど、民主主義の一つの優れている点は暴政を回避する機能があることだと思う。
権力が暴走しだすと、国民は悲惨だ。
銃口の前にひざまずき、そして家畜のように生きるしかない。
人間性の否定である。
それに反抗する者に待ちうけているのは死か牢獄である。
国家権力、為政者はその使い方を誤らないでほしい。
いまネパールでマオイスト派と統一共産党が、そうした時代に逆行するような方向に向かわないと誰が言えるのか。
その保証はない。
マオイストの若者は言う「中国を見ろ」と。
何かが救いがたい。

国家のために国民があるのでなく、国民のために国家がある。
別な言い方をすれば、国民があって国家があり、国家があって繁栄する国民がある。
ネパールの現状を見ているとこの当たり前のことがないがしろされているように思える。
すべからく、こうした原点を守ること、そうしたところに大所高所からみる政治があるのではないのだろうか。
権力者のために国家があるという状況にはならないでほしい。
ネパール国は、災害があっても被災者に何もしてあげられない。
今のネパールの政権の争いを見ているとすべてが疑問だ。

この度、地震にあわれた方々にお悔やみを申し上げます。
自分の人生に不満もあるが、こうした災害にあわれた方々のことを思えば、そんなことを言っていては罰が当たる。
亡くなられた方々には衷心よりご冥福をお祈りします。
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宮原巍

Author:宮原巍
ネパールに住んで45年。
1934年、長野県青木村出身。
1968年トランス・ヒマラヤン・ツアー社(カトマンズ)、1969年ヒマラヤ観光開発株式会社(東京)を設立。その後、ホテル・エベレスト・ビューとホテル・ヒマラヤ・カトマンズを建設。
長年ネパールの観光事業に携わり、ついにはネパールの国籍を取得。
著書に『ヒマラヤの灯火』(文藝春秋刊)、『還暦のエベレスト』(山と渓谷社刊)がある。

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