2017-10

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ままにならないネパール政治の一面

前回、ネパールの政治が悪いと書いたが、それは事実として、もう一つ付け加えなければならないことがある。
それは、インドの影響というか、干渉が大きくネパールの政治を左右しているということである。
最近のことに例をとっても、10年ぐらい前、ネパールが躍起となって毛派を鎮圧しようとしていたころ、
インドは表面的には毛派を非難していたが、実際には毛派のシェルターとなって毛派幹部をインド国内に住まわせ、何らネパールに協力することはなかった。

2005年11月、ネパール会議派と統一共産党、そして毛派三者の会談を斡旋し、デリーで彼らに共闘決議をさせたのもインドである。
その結果がネパールの国体を変える2006年の4月デモに結びついた。
インドの魂胆は何であったのだろうか。
インドは形態だけは民主国家だから王制を終焉させようとしたのか、2001年6月2日の王宮事件で犠牲になったビレンドラ国王がインドの思惑に従わなかったことから、そのことを根に持って王宮に冷淡になってのことからか、或いはネパールを軽くあしらってのことか、などなどいろいろ考えてみるが、インドがネパールの毛派のシェルターになったことの真意が分からない。
 
 一昨年、マオイスト政府が誕生した。しかし首相プスパ・K・ダハル(通称プラチャンダ)毛派党首は国軍参謀総長更迭問題で一年を経ずして首相の座を降りてしまった。
その裏には,恩を売ったインドの圧力と脅しがあったという噂もある。大いに考えられることである。
その後に出来た毛派抜きの内閣は、数カ月の短命内閣と言われたほどの弱体ながら、これもインドの後押しを得てかまだ存続している。
それに対して、第一党の毛派は我々の政府をつくる、とまた騒ぎ出している。
今インド国内でもインド毛派のテロが多発するようになってのことからか、そうした騒ぎに対して、2週間ほど前、インドの国防相はマオイストとの話し合いは一切持たないという声明まで出した。
インドに遠隔操作されている感もあるネパールの政治は、新憲法も出来ない、あれやこれやで、なかなか着地点が見えない。
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テーマ:国際政治 - ジャンル:政治・経済

コメント

Re:ままにならないネパール政治の一面

%name%さん!なるほどです。

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毛派50万人デモ ネパール

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プロフィール

宮原巍

Author:宮原巍
ネパールに住んで45年。
1934年、長野県青木村出身。
1968年トランス・ヒマラヤン・ツアー社(カトマンズ)、1969年ヒマラヤ観光開発株式会社(東京)を設立。その後、ホテル・エベレスト・ビューとホテル・ヒマラヤ・カトマンズを建設。
長年ネパールの観光事業に携わり、ついにはネパールの国籍を取得。
著書に『ヒマラヤの灯火』(文藝春秋刊)、『還暦のエベレスト』(山と渓谷社刊)がある。

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