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2018-11

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ネパールの人たちの心情

今国民に蔓延している気持は、ともかく政治不満、もやもやしたやり切れない思い、諦め、捨鉢、そんなようなものではないかと思われる。
そして子供たちはどんな風に、将来に対する希望を持っているのだろうか。
特に学校に通う子供たちを見ると、この思いが頭をかすめる。
カトマンズは昔とすっかり変ってしまったが、人々の心情もすっかり変わった。
ここに15年ほど前に川喜多二郎さんが、日本・ネパール協会の会報に寄稿された一文を紹介したい。


心の荒廃から充実へ
今ふりかえってみると、1953年のネパールは、何とのんびり牧歌的だったのだろう。
王政復古で百年の将軍独裁政治を倒したといって、一見政治的に波乱の時代だったに違いあるまい。
それなのに、初めての日本人を珍しげに見、親切にもてなしてくれたネパール盆地の紳士淑女は、なんとソフトな伝統文化の柔らかさに包まれていたことだろう。
首都のこの盆地以外に出ると、さらにもっと、ずっと素朴な人情風俗があった。
  (中略)
ところがそれから約30年余経ったら、私の知るあるネパール人は、次のように嘆いたのである。
「川喜多さん、この国はもうあなたの知っているネパールじゃありません」
 人情風俗が荒廃したという。どちらを向いても金、金、金ばかりしか頭にない。
もうかりさえすれば何でもやる。お役人は汚職ばかり。子供らは親をバカにして、冷遇している。
  (中略)
 先祖代々の私たちの尊い文化は、いったい誰が受け継いでくれるのだろう。その他、その他。
この人は商人だったが、万事拝金主義と化した世を嘆いたのである。
  (中略)
 これは明治維新以来130年の日本の歩みとそっくりの縮図だろう。けれども、そこにこそ、われわれが一歩も二歩もつっこんで、根本から考え直すべき点がないだろうか?
なぜ近代化とやらでそういう変化がおこるのかを、真剣に考えようではないか。
それを回避していては、今ヒマラヤを襲っている山岳環境の破壊も山村の窮乏と伝統文化の崩壊も対策のなすすべもなく立ち往生ということになる。

それから15年、ネパールはさらにそれに輪をかけて変わった。
特にここ5 ~ 6年の変化は著しい。
マオイストの暴力革命、そしてそれを肯定している社会、それがもたらした人心の荒廃は最も恐れる社会現象なのではなかろうか。
根底にそれがあっての国民不在の政治、これでは国民も身勝手にならざるを得ない。
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宮原巍

Author:宮原巍
ネパールに住んで45年。
1934年、長野県青木村出身。
1968年トランス・ヒマラヤン・ツアー社(カトマンズ)、1969年ヒマラヤ観光開発株式会社(東京)を設立。その後、ホテル・エベレスト・ビューとホテル・ヒマラヤ・カトマンズを建設。
長年ネパールの観光事業に携わり、ついにはネパールの国籍を取得。
著書に『ヒマラヤの灯火』(文藝春秋刊)、『還暦のエベレスト』(山と渓谷社刊)がある。

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