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2018-12

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何も決まらないネパールの議会

東京に帰った。カトマンズとは随分感じが違う。
水道から水は出る、停電はない、電車も何も時間どおり。空気もカトマンズより澄んでいる。
それにひきかえ、今カトマンズの街は車で大気汚染がひどい。河川は未処理の汚水で流れに指も入れられない。
先にも書いたが、乱開発とタライの森林がやたらに伐られている。

18日の首相任命選挙は、案の定5回目の議会でも空振りに終わった。次は23日だという。
もう2か月も同じことの繰り返しだ。何がそうさせるのだろうか、政治を国民のためでなく、権力闘争の場だと考えているからそうなるのだろう。

私は5年ほど前、国王に反対する政党指導者たちのデモを、あまりにもセンセーショナルに取り上げる朝日新聞に、実態は政党関係者が日当を払って駆り集めたデモで、一般国民の総意といったものでなくそんなに盛り上がったものでないとないと抗議したことがあった。ネパールへの観光客も減った。そのとき外報部の次長とかいう人が来て、われわれはあなたがた旅行社の都合で記事を書いているのではないと逆ねじを食らった。

「民衆の蜂起」、「強権国王の専制政治打倒」、カトマンズに住む私はそうした言葉に何か違和感を覚えていた。
1人のキングがいなくなって10人、20人のキングができて国はさらに混乱するであろうと、あの頃ネパール人の多くの人たちもそう言っていた。その危惧が現実となった感じである。
結果的には、その政党指導者たちが、王制打倒と暴力革命を目指す当時非合法組織であったマオイストと手を組みあの政治変革がなされたのであった。

といって、私は王制でよいということではない。直接統治に入った国王も2年後には政治を国民に返すといっていたのだ。それを待たず、デモで政党指導者たちとマオイストは政権を手にした。だが、あれからもう4年、政府は権力闘争を重ねるだけで政治らしいことは何もしていない。今やマオイストが政府第一党となり余計にこんがらがってしまった。暴力は今なお続く、警察は無力化した。これが日本の新聞社ばかりでなく、民主的国家を標榜しているノルウエーやEU諸国のいうネパールの民主化の実態である。

1990年の民主化後15年、やはりいまのような混乱がもたらされ、たまりかねて国王が直接統治に踏み切ったといういきさつがある。
そして今また混乱に混乱を重ねている政治の指導者たちは、マオイストを除き、国王が直接統治に踏み切る前の、あの頃と少しも変わらない面々である。ネパールに混乱をもたらした張本人の、民主化後、14年間に4回も首相を務めたギリジャ・コイララ首相が3月亡くなったとき、一部の報道が彼を「民主化の立役者」と持ち上げたことに反発して、4月、私はこのブログを立ち上げたのであった。

今日は、記事が長くなったので「ドン・キホーテ」休ませてもらいます。
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プロフィール

宮原巍

Author:宮原巍
ネパールに住んで45年。
1934年、長野県青木村出身。
1968年トランス・ヒマラヤン・ツアー社(カトマンズ)、1969年ヒマラヤ観光開発株式会社(東京)を設立。その後、ホテル・エベレスト・ビューとホテル・ヒマラヤ・カトマンズを建設。
長年ネパールの観光事業に携わり、ついにはネパールの国籍を取得。
著書に『ヒマラヤの灯火』(文藝春秋刊)、『還暦のエベレスト』(山と渓谷社刊)がある。

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