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2018-12

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ネパールの首相選任は3ラウンドが空振りで終わり、明日7日に。

インドから大物特使が来て、政党主導者と話し合いがもたれている。
その記事が一面に大きく載るというお国柄である。
明日こそは決まると思うが、数の上では毛派が優勢である。
インドの意向は、ネパール会議派になってもらいところだが、そのせめぎ合いということになるのだろうか。
政治は権力闘争だけで、国民は相変わらず蚊帳の外もいいところだ。
最近も毛派の若者にあった。

「我々はこの国のダイアモンドだ」

という。ネパールを共和制にしたのも、制憲議会を実施したのも、国を連邦制にするのも、毛派が主張したことであり、そのために闘ってきた我々は国の宝だと胸を張った。
もう何をかいわんやである。
私に言わせれば、この3つのことは、本当はネパールに必要なかったことだ。
立憲君主制でよかったし、わざわざ新憲法など制定しなくも19年前に出来た憲法を、国王のところだけ少し変えればよいことだし、いま毛派が主張しているような種族単位の連邦制をとったらネパールはばらばらになってしま
う。
ましてやタライ平野の穀倉地帯を横割りに州にしたら、北の山地の住民は、流通問題も含めてお手上げである。



(ドン・キホーテ続き)、


宮原のネパールに来るまでの略歴をざっと追ってみよう。

長野県生まれ。一九五七年(昭和三二年)、日本大学工学部 ―― あの頃は理工学部とはいっていなかった ―― 工業化学科を卒業して、すぐに京浜地区の工場に勤めた。
将来工場で働く技師になろうとしてその道を歩み始めたのである。
機械工学は夜学で学んだ。彼はその勤めのかたわら、昭和三四年、南極観測隊の隊員に選ばれて昭和基地に行ったり、昭和四〇年、グリーンランド探検隊の隊長となって北極圏にも行ったりした。
北極圏には、日本から隊を組んで入った者はまだ誰もいない時代だった。

その間、一九六二年(昭和三七年)、ヒマラヤ登山でネパールにも行った。実は、このことがきっかけとなって、昭和四一年、ネパール政府の家内工業局で技術アシスタントとして働くことになり、それを契機としてネパールに住みつくことになったのである。

学生時代の山岳部生活も入れれば、彼の二十代は登山と探検に明け暮れしてきたようにみえる。
宮原は、先のヒマラヤ登山といい、期せずして地球上の三極に足を踏み入れた最初の人間でもある。

「宮原さん、いつ勉強したの?」

と、聞けば、「まあね」という曖昧な返事が返ってくる。

二年間の家内工業局での勤めのとき、彼は「ネパールは、工業より観光だ」という考えをもち、ならばそれを実行しようと、エベレストの見える場所にホテルを造るなどして、以来ずっとネパールの観光の仕事に携わってきた。
そしていま政治にかかわろうとしているのだ。
かくの如くしてネパールに住み、さまざまのことに挑戦し続けているというのが宮原のいままでの人生である。

彼の行動の軌跡をたどると、学生時代の登山と、海外遠征で培った不屈の探検精神がその根底にあるように思える。
中学時代はマラソン、高校時代は水泳部、大学時代は山岳部で鍛えた宮原の体は頑健である。
若い頃はシェルパにも負けない俊足で、「ヒマラヤン・ジャッカル」という異名を取ったこともある。
だが、さすがに今では、

「えぇ 本当?」

と、疑問符がつく。

でもそう言われれば、体力・気力はまだ充分であるようだ。

高齢がゆえに、彼を過去の人間とみなすべきか、それとも、今もなお夢を追い続けている進行形の人間とみなすべきか、人それぞれであるが、彼は人生死ぬまで青春であり続けたい、希望がないと生きられないという人生をまだ歩き続けようとしている。
政党を立ち上げて三年、先の制憲議会選挙では惨敗を喫したが、本格的活動はこれからだという。


(次回に続く)(このへん、自己宣伝みたいで気が引けますが、ご容赦下さい)
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プロフィール

宮原巍

Author:宮原巍
ネパールに住んで45年。
1934年、長野県青木村出身。
1968年トランス・ヒマラヤン・ツアー社(カトマンズ)、1969年ヒマラヤ観光開発株式会社(東京)を設立。その後、ホテル・エベレスト・ビューとホテル・ヒマラヤ・カトマンズを建設。
長年ネパールの観光事業に携わり、ついにはネパールの国籍を取得。
著書に『ヒマラヤの灯火』(文藝春秋刊)、『還暦のエベレスト』(山と渓谷社刊)がある。

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