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2018-11

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まだ首相が決まらない。予算も通過していない。

8月2日に決まるはずだったネパールの首相はまだ決まらない。
これが3回目の延期。4回目は今度の金曜日といっているが、まあ今度は決まるであろう。
この調子では憲法制定までの道のりは遠い。昨日の選挙結果は下記のようである。

                 得票数

毛派党首 プラチャンダ      259 (党員数 237) 

ネパール会議派副党首パウデル   124 (党員数 114)

  301票必要のため無効となる。統一共産党,マデッシ・フォーラム棄権のため。



本の続き(先に著者根深誠と書いたが、出版される本は必ずしもここで紹介している通りではない。
このブログの文章は宮原が暇にまかせて勝手に書いているところがあるので、そのようご了承下さい)



続き

ただ、そうした行動に走りながらも、「自分がネパールはこうあるべきだなどと主張することはそもそも不遜ではないのか、独善に陥っていないか、ましてや他国から来て、もっともらしく政治にまで発言しようとしていることが許されるのか」といった自問自答を繰り返す。

あるとき、ネパールの若い新聞記者から、

「ミスター・ミヤハラ、何でネパールなのだ。政治に興味があるのだったら、日本でしたらいいじゃないか」

と、あからさまに批判的な質問を受けた。ネパールの人たちが、こうした反応を示すかもしれないという考えは、宮原も心の中に置いていた。

その場は、

「私はネパールが好きで、この国に四〇年以上住んだ。そして、ネパールが良い国になってもらいたい。そのためには何ができるかを考えた。私は政治をしたいのではなく、政治の場を借りてそれを主張したいのです」

と、答えた。

この答えは必ずしもその記者を納得させた風ではなかったが、宮原には、そうとしかいいようがなかった。
突きつめて考えれば、ネパールがこうあってもらいたいという彼の思いは、〈ネパールが好きだ〉ということの裏返しなのかも知れない。

ネパールの自然は、景観ばかりでなく、さまざまな可能性を秘めている。
それ故に、その可能性を自然破壊することなく少しでも現実のものにしたい。
この素晴らしい自然を、ひとりネパールの人たちのためだけでなく、世界中の人たちによっても享受してもらいたい、それが彼の願いなのだ。

実は、彼の心に根ざしたこうした思いは昨日今日の話ではない。
その根底には「ネパールのためになりたい」という思いがあり、それは半世紀前、宮原がネパールに住もうと決めた日からずっと持ち続けてきた彼の信念なのだ。
今や、ネパールは、宮原にとって第二の故郷だ。いや祖国だといい換えた方がいいのかも知れない。

(次回に続く)
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プロフィール

宮原巍

Author:宮原巍
ネパールに住んで45年。
1934年、長野県青木村出身。
1968年トランス・ヒマラヤン・ツアー社(カトマンズ)、1969年ヒマラヤ観光開発株式会社(東京)を設立。その後、ホテル・エベレスト・ビューとホテル・ヒマラヤ・カトマンズを建設。
長年ネパールの観光事業に携わり、ついにはネパールの国籍を取得。
著書に『ヒマラヤの灯火』(文藝春秋刊)、『還暦のエベレスト』(山と渓谷社刊)がある。

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