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ネパールの三大政党の顔触れ

ネパールの三大政党のトップ5人の横顔にふれてみよう。

【ネパール会議派】

スシル・コイララ:党首。一度住まいに行ったことがあったが、少し迫力に欠ける。清廉潔白な人柄。

ラム・チャンドラ・パウデル:副党首、パンチャヤート時代、反政府活動で投獄されたこともある。
でも穏健な人柄。この人に頑張ってもらいたい。ガンジーの無抵抗主義信奉者。

シェル・バハドゥール・デウバ:2回だったか3回の首相経験者。
数回彼の自宅を訪れたことがあった。いつもウイスキーを飲み酔っぱらっていた。

プラカーシュ・サラン・マハト:大蔵大臣をしたこともあり、実力派。

クリシュナ・プラサド・シトウラ:内務大臣経験者。

【統一共産党】

ジャラナート・カナール:党首,少し毛派寄り

マダブ・クマール・ネパール:現首相、この人が長いこと党のリーダーだった。
前回の選挙の小選挙区制で落選したため党首を退いた。何処にもいるおっさんみたいで、なんでこの人が共産党のリーダーを長く勤め得たのかといつも不思議であった。日本でいえば、竹下登元首相的印象。

K. P. オリ:毛派に距離を置いている。インドの信任が厚い。次期首相の声もある。

バムデム・ゴウタム:毛派寄り、幾つかの大臣経験者。同じ党内にありながら、マダブ・K..・ネパール首相の辞任を要求したり、離党してまた復党したりとやることがいつも中途半端。
数回会ったことはあるが、威風堂々とはしている。

バーラト・モハン・アディカリ:名前や良く聞くが会ったことはない。

【毛派】

プラチャンダ(プスパ・カマル・ダハ―ル):党首、毛派を率いてここまで来た。王制打倒まで漕ぎつけたが、その後の展望というか政策的なことが見えてこない。
2度ほど会ったが、終始にこやかで穏やかな印象を受けた。人物的にはそれなりのものを感じた。

バブラム・バッタライ:毛派二番手、インドの大学を首席で卒業したという理論派。会ったことはないが、もう一つ人を引き付ける魅力に欠けえるようだ。毛派政権になれば、首相にという声もある。

ジャナーダン・シャルマ:名前はよく聞くが知らない。

キラン・バイディヤ:ここに名前を挙げた中で、唯一ブラーマンでないネーワール。ブラーマンとはインドでバラモンともいわれ、ヴァルナ制最高位のカースト。ネワールとは、カトマンズのもともとの住民。市街地と盆地内の農民はこのカースト。彼は共産党一党支配をかかげる強硬派。

クリシュナ・マハラ:よく知らない。

今、ネパールの政治を左右しているのはこういう人たちだ。民意を反映しているかと問われれば、素直に「ハイ、反映している」とはいえない気がする。
しかし彼らは選挙で選ばれた国民の代表である。
小選挙区制で落選したが比例代表制で復活し者もいる。
現閣僚のうち首相マダブ・ネパール、副首相スジャータ・コイララはじめ5人程はそうした人たちである。
それはともかく、たとえ選挙によってであろうが、一旦政府ができると何かそれが民意にそわないと考えられるのはどういうことなのだろう。
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プロフィール

宮原巍

Author:宮原巍
ネパールに住んで45年。
1934年、長野県青木村出身。
1968年トランス・ヒマラヤン・ツアー社(カトマンズ)、1969年ヒマラヤ観光開発株式会社(東京)を設立。その後、ホテル・エベレスト・ビューとホテル・ヒマラヤ・カトマンズを建設。
長年ネパールの観光事業に携わり、ついにはネパールの国籍を取得。
著書に『ヒマラヤの灯火』(文藝春秋刊)、『還暦のエベレスト』(山と渓谷社刊)がある。

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