2017-06

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新憲法ができた。だが・・・

2ヵ月前ブログ再開し、数回続けたがまた一ヵ月以上休んでしまった。
その間に、ネパールではいろいろなことがあった。
先ず挙げられるのは、7年越しに一か月ほど前、新憲法ができたことである。
その時点でいろいろ書こうと思っていたのであったが、ポカラの山の上にいて書きそびれた。
ところで新憲法が出来たのはいいが、それが今波紋を起こしている。

 当初、憲法で決められた連邦制にしようとする州分けに、先ず西ネパールのインドと国境を接する地帯で、それに反対する暴動があり、警察署が襲われ数人の警官が群衆に押し切られ撲殺される事件があった。
警官に罪はないのに、そこらへんは納得ができない。
その後、警察官と民衆との間で発砲事件もあり20数人の犠牲者が出た。
ビルガンジ(カトマンズから南に下ったインドとの国境の街)など、いくつかの都市で戒厳令が引かれる騒ぎに発展した。
それを口実にインドは経済制裁をかけ、もう3週間になるのにガソリンなど燃料の供給を止めた。

 実はインドがネパール国境地帯を東西に長く二つの州にして、ネパールに対するインドの影響力を強めようとしていた節も噂ではあった。
それが今度はあからさまになった。
今度の新憲法では、必ずしもインドが望むようにはなっていない。
それがインドには不満というわけである。
それに加えて、10年前、マオイストが暴力闘争(私はあえて武力闘争という言葉は使いたくない)を続けていた頃、民衆に向かって民族別州政府をつくるなどといって、それを闘争の口実に使っていたため、今ネパールではその意識が高まってしまって、国が一つになるどころか、バラバらになってしまいそうである。

 地震は大変ではあったが、私はこちらの方が根が深く、大変だと思う。
最初マオイストは主な民族別に14州にするのだと言っていたが、さすがにそれはなく、新憲法では7州に落ち着いた。
それにしても、各州に州政府をつくるにしても、そのための庁舎、議会、裁判所、警察機構、その他諸々の施設と組織をつくっていかなければならない。
今ネパールの政治を牛耳っている政治家たちは、地図の上で線引きしただけで、それ以外の実際的なことは何も考えていないように思える。
それは大変なことで、ネパールの現状では、ほとんど実現しそうもないように思える。

 ポカラのホテル、3ヵ月ぶりに工事再開したのであるが、インド国境地帯は麻痺し、燃料やその他の資材も手に入らず、またまた工事は中止の憂き目に遭っている。
日本では想像できないことばかりである。
それにしても、来年の今頃にはホテルを完成しなければならない。
金もない、時間もないという厳しい日が続く。
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宮原巍

Author:宮原巍
ネパールに住んで45年。
1934年、長野県青木村出身。
1968年トランス・ヒマラヤン・ツアー社(カトマンズ)、1969年ヒマラヤ観光開発株式会社(東京)を設立。その後、ホテル・エベレスト・ビューとホテル・ヒマラヤ・カトマンズを建設。
長年ネパールの観光事業に携わり、ついにはネパールの国籍を取得。
著書に『ヒマラヤの灯火』(文藝春秋刊)、『還暦のエベレスト』(山と渓谷社刊)がある。

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