2017-06

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ああ、カトマンズ!

地震の犠牲になった人々は、約8,000人と言われている。
謹んでお悔やみ申し上げます。
そうした状況の中で、報道が少し大げさであったと言えば顰蹙を買うが、カトマンズとかその他の地域では、一般の建物とかインフラは正直いってそんなに被害は受けていない。
報道は被害にあった所だけを大きく報道するので、すごく大変だという印象を与える。

ネパールに5県、75郡あるが、そのうち地震の影響を受けたのは8郡であり、その他の地域ではほとんど影響はなく、幹線道路も空港も被害はない。
被害を受けた8郡は、前のブログにも書いたが、ゴルカからランタン谷を経て右に、カトマンズ盆地北東方向の山地。
山村、そしてロールワリン、ソロクンブー地域へのベルト状の地帯である。
カトマンズ盆地内でも、もちろん被害があったが、昔からの建造物である世界遺産8ヵ所中、崩壊など大きくダメージを受けたのは、2ヶ所である。
ホテル、レストランはほとんど、地震前と変わらず営業中である。

ああ、政治は麻痺し地震を口実に、新憲法制定の話はどこかに行ってしまった。
やることがちぐはぐと言うべきか、すべての面において、ネパール政府のやることは目に見えてこない。
今回の地震で、いち早く動いたのは軍隊であった。
政府は何をやっているのかという不満があった。
遅ればせながら動き出したが、国民の不満は募った。
日本だったら危機管理ができていないと、大変な騒ぎになるところである。

どうしてそうなのか?
すべての面において、責任者が責任を取ってどうのこうのということはほとんどない。
たまに世論の突き上げがあっても、当事者は馬耳東風である。
そして、復旧に9,000億ルピー必要だとか途方もないことを言いだす。
日本円にすれば1兆円を超える。
前回のブログに書いたことでもあるが、桁が二つ多い。それでも多いくらいだ。
やりきれない気持ちがする。

その国が立派だということは、国民が、あるいは政府が他の国の人たちから尊敬されるということではないだろうか、というように思う。
確かにネパールの人たちはフレンドリーで、親しみやすく優れた国民性をもっている。
ここら辺のことを、日本とネパールの友好関係を築いた先駆者、川喜多二郎教授(東工大、文化人類学者、京都大学学士山岳会、1953年の日本のマナスル登山隊に学術班隊員として参加)の文章を引用させてもらいながら、私の最近出した本に書かせてもらった。

何と言おうか、今はああ、ネパールとしか言いようがない気持ちである。
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宮原巍

Author:宮原巍
ネパールに住んで45年。
1934年、長野県青木村出身。
1968年トランス・ヒマラヤン・ツアー社(カトマンズ)、1969年ヒマラヤ観光開発株式会社(東京)を設立。その後、ホテル・エベレスト・ビューとホテル・ヒマラヤ・カトマンズを建設。
長年ネパールの観光事業に携わり、ついにはネパールの国籍を取得。
著書に『ヒマラヤの灯火』(文藝春秋刊)、『還暦のエベレスト』(山と渓谷社刊)がある。

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