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2018-11

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その後のネパール

シンクネパールのブログ、2年近く休んでの再開であっただけにアプローチは少ない。
ネパールの地震の時は100件を超すアプローチがあったのに、それを知らずに何も書かないでいて失礼してしまった。
地震のその後、未だに復旧作業ははかどっていない。
復旧というより、むしろ救援活動が、一時ほどではないが続いている。

地震の震源地はカトマンズとポカラの中間のゴルカで、被害の大きかったところは、そこからカトマンズ盆地の北を通り、ランタン、ロールワリン、ソロ・クンブーと帯状に広がった山村である。
山地の村の建物は、地震には弱くちょっとした揺れで崩壊した。
ランタン村周辺は雪崩とその爆風で、小さな村であるが全滅したところもある。
ポカラも含めて、西の方、南のタライ平野とサブヒマラヤ地帯は全くと言っていいほど被害はない。

カトマンズの街は、旧王宮辺の昔の建物とレンガと土で建てた観光の対象となっていた寺院や塔などが大破、崩壊したが、街中の普通の建物はほとんど被害が出ていない。
街を自動車で走っていても、大方の場所では地震の痕跡は見受けない。
余震を恐れ、広場でテントでの避難生活をしている人たちもいるが、もうその必要性はなさそうである。
ただそこにいると食事はただでもらえる。

犠牲になられた方々に哀悼の意をささげます。
また被災され不自由な生活をされている方々にお見舞い申し上げます。
ただ今は、山地で被災しカトマンズなどに来ざるを得ず、そこで避難生活をしている人たちに、何らかの仕事を与えるということも、政府は考えたらよいのではないかと思える。
望むべくは、そうした人たちを復旧作業に当たらせ、仕事を与えたらどうなのだろうか。

だが政府のやっていることは、驚くことに、これを機会に外国に9,000億円の震災復興資金が必要だとして各国にそれを要請していることである。
そっちの方にばかり目が行っている。
地震の復興資金だけということであれば、その金額は桁が少なくも二桁は多いと私には思える。
ただ、鉄道を引くとか(私の試算では、鉄道の総延長距離1,400キロ、専用の水力発電所、車両、そして駅舎の建設などで5000億円となる)、それに道路、その他諸々のネパール全体のインフラの整備を行うということであれば、それは考えられなくもない数字である。
だが、ちょっと抵抗を感じる話である。
日本政府は早速320億円出すとプロポーズしている。
よいのかどうか私には分からない。

一ヵ月前、私が日本に来た時、盛んにギリシャのデフォルトの件が、テレビ、新聞で喧伝されていたが、それを聞いていて、何かネパールも共通する問題点があるように思えた。
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宮原巍

Author:宮原巍
ネパールに住んで45年。
1934年、長野県青木村出身。
1968年トランス・ヒマラヤン・ツアー社(カトマンズ)、1969年ヒマラヤ観光開発株式会社(東京)を設立。その後、ホテル・エベレスト・ビューとホテル・ヒマラヤ・カトマンズを建設。
長年ネパールの観光事業に携わり、ついにはネパールの国籍を取得。
著書に『ヒマラヤの灯火』(文藝春秋刊)、『還暦のエベレスト』(山と渓谷社刊)がある。

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