2013-01

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

公害著しいカトマンズ

カトマンズの街は自動車とオートバイで溢れかえっている。そのための大気汚染が甚だしい。また河川の汚れも尋常ではない。何せ未処理の汚水が流れているわけで、橋の上はもちろんのこと、周辺一帯悪臭が立ち込めている。電気は日に14時間の停電、水道の水は地域によっては全く出ず、出る地域でも3日に一度、朝早く1時間ばかり出るだけである。

それなのに住民は黙って堪えている。寛容で辛抱強いということなのかどうか知らないが、それは感心すべきことなのか。実際のところは、声を上げても何ともならないと諦め、生活に追われ、それどころではないというところが本当のところであろう。それに外国援助に慣れきった習性が、誰かがやってくれるであろうとそれを待っているようでもある。

私が外国援助を否定するのはまさにこの点にある。確かに30年、40年前はそれなりの意味合いがあったと思うが、それが長く続きすぎている。南北問題に代わる新しい思想が必要であると痛感する。自分のことを引き合いに出して言うのは気が引けるが、1966年から68年までの2年間、ネパール政府の家内工業局で仕事をしていて持った結論は、「ネパールは観光だ」ということと、もう一つは「援助では国は良くならない」ということであった。

それを実践しようと今日まで過ぎた。援助については、私に他を援助するほどの余裕もなく、援助的なことは何もできていない。またしなかった。ただ一緒に仕事をするということはしてきたつもりである。しかし、悲しいかな、力不足でそうした考えの潮流を生むことは今も出来ていない。

それはともかく、今は「一つに観光産業」、それにもともとネパールは農業国であるが、温帯(実際には熱帯的)から寒冷地までも持つ気候を利用しての農業振興(タライ平原は広大である)、それから8万メガワットという膨大な発電能力を持つ水資源の開発と利用、この3本柱を育てることによってネパールは大きく飛躍できると思う。

ところが政府はここ20年、何の政策も打ち出さず政争ばかり続け、現状は最初のパラグラフに書いたとおりである。街は大きくなって経済活動は盛んになっているが、全然秩序がない。マオイストも最近うちは喧嘩があったという。お互いに利権のとり合いだけでネパールの政治は動いている。私には力も金もないけれど、政党活動はなお続けていきたい。やはり灯篭の斧か、ごまめの歯軋りか。
スポンサーサイト

«  | ホーム |  »

プロフィール

宮原巍

Author:宮原巍
ネパールに住んで45年。
1934年、長野県青木村出身。
1968年トランス・ヒマラヤン・ツアー社(カトマンズ)、1969年ヒマラヤ観光開発株式会社(東京)を設立。その後、ホテル・エベレスト・ビューとホテル・ヒマラヤ・カトマンズを建設。
長年ネパールの観光事業に携わり、ついにはネパールの国籍を取得。
著書に『ヒマラヤの灯火』(文藝春秋刊)、『還暦のエベレスト』(山と渓谷社刊)がある。

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

ご挨拶 (29)
ネパールの政治 (109)
ネパールの観光 (1)

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム

リンク

このブログをリンクに追加する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。