2012-12

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今年も終わってしまう

来年の4月には選挙があるであろうという想定で、12月21,22日と我らネパール国土開発党の党大会を開いた。ひょんなことから、ヒンズー教信奉者の団体が加わって全国各地から300人が集まって党は少し活気を帯びた。こうした党大会を重ねて、選挙まで私たちの主張を拡大していきたいと思っている。



政治的演説となると、自分の語学力の不足がかなりブレーキとなっている。日常、普段使わないサンスクリットの単語なども出てきて、そうした言葉も使わなくてはならず、今のところちょっとお手上げである。ましてや今度加わってきた人たちは、ブラーマンの人たちが多く私はかなり見劣りがする。情けないリーダーではあるが、皆私を立てていてくれる。やはりこれがネパールならではのことと思える。



その主張とは、政治改革、観光・農業・水資源利用を経済発展の三本柱とする、公共事業による雇用の拡大、民族別14州に反対し縦割りに7州の日本の県のような発展区構想などである。詳しくは6年前に作成したわが党のマフェストに記載されているので、もし興味のある方は、ご連絡いただければお分けしたい。ネパールではネパール語のものを使っているが、そのもととなった英文のものをお渡ししたい。



ネパール、それなりの発展はしている。しかし、私に言わせれば折角のこの素晴らしい自然と人が住む国をこわしながら発展しているように思えてならない。ポカラの街についても同様のことが言える。そして政治不在である。政治は国民のことを考えず、もっぱら政治そのもののためにだけにネパールの政治は動いている。日本語の政局という言葉はネパール語では何て言うのだろうか。政治は手段であって目的ではない、とでも言えばいいのだろうか。



今年もあと数日を残すのみとなった。悲観的材料は沢山あるけれど、やはり来年に夢と希望を託すことにした。私も健康に気をつけ、あと数年頑張ろうと思っている。

皆さんも健康に気をつけられ、皆さんにとって来年も良い年でありますように。



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プロフィール

宮原巍

Author:宮原巍
ネパールに住んで45年。
1934年、長野県青木村出身。
1968年トランス・ヒマラヤン・ツアー社(カトマンズ)、1969年ヒマラヤ観光開発株式会社(東京)を設立。その後、ホテル・エベレスト・ビューとホテル・ヒマラヤ・カトマンズを建設。
長年ネパールの観光事業に携わり、ついにはネパールの国籍を取得。
著書に『ヒマラヤの灯火』(文藝春秋刊)、『還暦のエベレスト』(山と渓谷社刊)がある。

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