2012-09

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長いことブログを休んでしまった

いよいよポカラ計画のホテルとロープウエイの建設工事が始まることになった。今回計画の後ろ盾になって下さるのは、ワールド航空サービスの菊間潤吾社長である。一時諦めかけていた計画が実現することとなったこと、頭が下がる思いである。この上は期待にこたえるよう、横綱になった日馬富士の言葉ではないが、全身全霊を傾けてこの計画に取り組む覚悟である。

このホテルができれば、その立地とヒマラヤの景観の素晴らしさから、ホテルは必ずや世界に名をはせるものになろう。造るのも夢であれば、出来るホテルも夢のようなものでありたい。自分の今迄のノウハウと、ネパールで培ってきた信頼を十分に生かしたいと思っている。

 ホテルは、ネパールがヒマラヤという観光資源を生かして自立発展していく道しるべにになるようなものにしたい。また日本が海外での事業を通じて、その国の発展に貢献する形の一つとして、世界の評価を得るようなものにしたい。そう考えると、このホテルは、われわれ事業体だけの問題だけでなく、日本人の課題としても取り組むに十分値する、と思わないこともない。

 8月末、肺炎を起こしそれをこじらせ約一か月体調不良が続いた。ようやくほぼ正常に戻った。上の計画を進めるためにも、あと5年(建設3年、運営を軌道に乗せるのに2年)健康を保たなければならない。何せ年なので、今回それを痛感した。

 中国の反日デモを見て思ったことは、2006年のネパールを変えたデモも一種通じるものがあるということであった。あの時のデモには、カトマンズに従来から住んでいる人たち、どちらかといえば有識者たちは、ほとんど誰も参加していなかった。マオイストのために村に住めなくなりカトマンズに流れ込んだちゃんとした仕事がない人たちと、扇動と強制、日当をもらった若者たちがマオイストに駆り立てられて起こしたものであった。そしてネパールの国体が変わった。異論のある方とは、何時でも討論に応じたい。

あれは民主化などではなく、権力闘争であったというのが私の意見である。そのために、ネパールは未だ政治的混乱が続いている。この6年、ネパールは何の進展もない。そうした状況下の中での新規の仕事であるが、何とか乗り越えたい。
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プロフィール

宮原巍

Author:宮原巍
ネパールに住んで45年。
1934年、長野県青木村出身。
1968年トランス・ヒマラヤン・ツアー社(カトマンズ)、1969年ヒマラヤ観光開発株式会社(東京)を設立。その後、ホテル・エベレスト・ビューとホテル・ヒマラヤ・カトマンズを建設。
長年ネパールの観光事業に携わり、ついにはネパールの国籍を取得。
著書に『ヒマラヤの灯火』(文藝春秋刊)、『還暦のエベレスト』(山と渓谷社刊)がある。

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