2012-06

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雨が降らず苗代が出来ない

昨年は雨が程良く降ったが、ここ数年、ネパールはこの時期の雨が少ない。昨年11月、本来なら毎日晴天が続くのに、なか4日置いて2週間、国内線も飛べない悪天が続いた。ともかく気候の変動が感じられる。そのうえカトマンズの大気の汚れもひどく、街中は自動車とオートバイが走りまくっていて、空気も悪くおちおち歩けない。

とうとう新憲法は出来ず、数日前に議会は解散した。議員たちはボーナスを受ける資格はないと騒がれたが、とっととボーナスを取り、村だか何処だかに帰った。閣僚たちだけは残り、次の選挙を目指すという。その閣僚たちはマオイストが多い。そしてマオイストは、民族別州設置を唱え、そうした分子の票を得て次の選挙には単独内閣を目指す。それでなお混乱が続くというのが私の読みである。

こうした混乱をこの国にもたらしたのは、2年前に亡くなったギリジャ・プラサッド・コイララである、と私は言い続けている。これを見て下さっている方で、ネパール人もしくはネパールに詳しい人がいたら、その人たちに意見を聞いてご意見をいただけたら幸いである。10日ほど前、岡山人さんという方から、ご意見いただいたのでしたが、返事を送ろうと思ったのにアドレスがないので、返事はそのままにしている。もしまたこのブログを見られたのでしたらアドレスを下さい。どんなご意見でもそうしたご意見を寄せてもらうことは嬉しい。その用意した長々とした返事、次のブログに載せてみたい。その方に読んでもらえれば幸いである。

日本に帰って10日間ほどになる。ネパールの情勢は全く変わらないと言ってきた。10日間で変わる筈もないが、少しは何かが進展してもらいたい。2006年のデモで、国王が退いてもう6年が過ぎた。ネパールは時間とお金の無駄遣いするだけで何も変わっていない。変わったことといえば、政治も国も以前に増して混迷を深めているということである。これだったら国王が居たってよかったではないかと思ってしまう。居なくなってよかったと思う人は、いま政治の実権を握っている人たちであることは間違いない。前にも書いたと思うが、6年前のデモと政治変革は民主化などではなく、権力闘争であったということである。国など思っている人は、誰も居ないように思えて仕方ない。
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プロフィール

宮原巍

Author:宮原巍
ネパールに住んで45年。
1934年、長野県青木村出身。
1968年トランス・ヒマラヤン・ツアー社(カトマンズ)、1969年ヒマラヤ観光開発株式会社(東京)を設立。その後、ホテル・エベレスト・ビューとホテル・ヒマラヤ・カトマンズを建設。
長年ネパールの観光事業に携わり、ついにはネパールの国籍を取得。
著書に『ヒマラヤの灯火』(文藝春秋刊)、『還暦のエベレスト』(山と渓谷社刊)がある。

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