2011-11

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

その先に希望は見えるのか

本来、ネパールの観光のベストシーズンである11月が、今年は悪天続きで私たち旅行社は大いに悩まされた。
その2回目の悪天続きは通常の悪天ではなく極め付きの悪天であった。
それが7日間続いた。
私たちの思惑も狂って、ヘリコプターのシャットルでルックラかもっと地形が開けたダミダーラという所に一旦脱出してもらったのに、そこへ今度はヘリコプターも入れず、まともな宿泊施設もないところで、お客さんに一泊してもらうことになってしまった。
踏んだり蹴ったりであった。

この間、毎朝5時半ごろに起きて窓の外を見るのであったが、カトマンズでさえ視界が500メートルもない日もあって、どんより曇っていた。
古老に言わせると、この時期こんな天気は生まれて初めてだという。
10月31日から11月19日まで、晴れた日は10日前後の3日だけで、てんてこ舞いの3週間であった。

少年のころ、窓辺に座って青い空や星空を眺め、空想の世界に夢を馳せたことがあった。
話は飛ぶが、50年前カルカッタに来たとき、路上で生活する夥しい人たちがいた。
中には子供たちも多く、その子たちは机の前の椅子に座り、窓を通して人生に夢見ることもないのだと思ったことがあった。
そのことが憐れであった。
まあこの3週間は、そんなことも思い出す日々であった。

ひるがえってネパールの現状はどうなのか。
もちろん再々延長した新憲法は出来ない。
そのことに政府は何の責任も感じておらず、国民も忘れたように最近は話題にも上げない。
若者はバイクに乗って走り回っていて、政治にまったく無頓着である。
目指すはお金をいかに稼ぐか、そのことに汲々としている。
もっとも彼らは明治維新の藩士のごとく生活が保障されていないのだからやむを得ないと思うが、もう少し何とかならないものかとも思う。
スポンサーサイト

«  | ホーム |  »

プロフィール

宮原巍

Author:宮原巍
ネパールに住んで45年。
1934年、長野県青木村出身。
1968年トランス・ヒマラヤン・ツアー社(カトマンズ)、1969年ヒマラヤ観光開発株式会社(東京)を設立。その後、ホテル・エベレスト・ビューとホテル・ヒマラヤ・カトマンズを建設。
長年ネパールの観光事業に携わり、ついにはネパールの国籍を取得。
著書に『ヒマラヤの灯火』(文藝春秋刊)、『還暦のエベレスト』(山と渓谷社刊)がある。

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

ご挨拶 (29)
ネパールの政治 (109)
ネパールの観光 (1)

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム

リンク

このブログをリンクに追加する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。