2011-09

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ネパールでも地震があった

9月18日にあったシッキムが震源地の震度7近い地震は、ネパールの東とダージリン辺でも被害が出た。
カトマンズでは震度4ぐらいの揺れがあったのではないかと思う。
前にもふれたが、1934年にネパールで大地震があった。
震源地はその時もネパールの東、インドよりであったというが、そのときはカトマンズ市街にかなり被害がでた。
市の中心にあるニューロードはそのとき整備されたものである。
私はこの45年の間に、カトマンズで4回ほど体に感じる程度の地震を経験した。
建物の崩壊などはなかった。


今度の地震は1934年のときに次ぐ揺れであったという。
カトマンズには地震が無くても崩れそうなレンガ造りの建物があるので、家屋崩壊などは多少あったと思う。

ヒマラヤは4,500万年前、ユーラシア大陸とインド亜大陸が衝突しテーチス海がなくなりその後3,000万年前ぐらいから隆起が始まり、50万年位前にほぼ今の高さに至ったといわれています(この50万年前はうろ覚え)。
インド亜大陸プレートはユーラシア大陸プレートの下にもぐり込んだ。
だが、それだけではあれほど高いヒマラヤの山々にはならない。
両プレートの間にあったテーチス海堆積物が、固いインド亜大陸プレートによる南からの押し付けによって褶曲し、盛り上がって2,500万年かけてヒマラヤの高さにまで至ったものとされている。

ヒマラヤの隆起にともない、その東の端はしわ寄せされたがのごとく、長江(揚子江)、メコン、サルウィン、イラワジ川などの大河の源流が山一つ隔てた狭い範囲に詰め寄せられた。
そこはミャンマーの上、中国雲南省の北西部で、梅里雪山(メイリシェーシャン6,740㍍)などの秀峰が連なる地域でもある。訪れる価値は大いにある。

このヒマラヤ―チベット地域の地震帯は、ヒマラヤ山脈の南縁を走っているという。
地震には深いところで起こるのを深発地震といい、深さが70キロメートル以内で起こるのを浅発地震というらしいが、普通、地震はその浅発地震で、浅い直下型だという。

 今度の地震も、1934年のその地震も、その前にあった1833年の大地震のいずれもがその地震帯で起きている。
数年前の四川省の地震もその線上にあるということがけいえると思う。

政治は、マオシストの2番手バブラム・バッタライであるが、間もなく足の引っ張り合いになるのであろう。
これからネパールは日本のお盆と正月のような休みが続く。
憲法制定は再再延長したのであるが、11月末の期限にはまた出来そうもないと人々はいう。
いたずらに時だけが過ぎていく。
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プロフィール

宮原巍

Author:宮原巍
ネパールに住んで45年。
1934年、長野県青木村出身。
1968年トランス・ヒマラヤン・ツアー社(カトマンズ)、1969年ヒマラヤ観光開発株式会社(東京)を設立。その後、ホテル・エベレスト・ビューとホテル・ヒマラヤ・カトマンズを建設。
長年ネパールの観光事業に携わり、ついにはネパールの国籍を取得。
著書に『ヒマラヤの灯火』(文藝春秋刊)、『還暦のエベレスト』(山と渓谷社刊)がある。

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