2011-05

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ネパール会議派の大罪

大体、私に言わせればネパールをこのような混乱に陥れたのはネパール会議派であると言いたい。
それを率いたギリジャ・コイララがその張本人である。
1991年の民主化の総選挙で圧倒的多数の票を得て単独内閣を樹立したのに、それをよいことに、そのギリジャをはじめ会議派の実力者はみな私利私欲に走り政治をめちゃくちゃにした。
そもそも毛派が結成され、そして力をつけたのもこうした政治的背景があったからである。

彼は、毛派が侮れない勢力になってから、今度は毛派の力を利用して自分の立場をよくしようとした。
国の将来の形を考えず、結果は毛派の言いなりになり国王追放、国体を共和制に同調し、本来の主張さえも捨てて碌なことをやってこなかった。
国王追放はやむをえないところもあったが、少なくも王制を残すような手段は講ずるべきであった、と私は思う。
ともかく自分のことだけに汲々とした政治家であった。
理念も志も、私にはその片鱗さえ見えなかった。そして、昨年3月死んだ。

その政党が今野党となって、初めてまともなことを言っている。
でもこれさえ、風向きが変わればどうなるか分からない。
会議派はいま制憲議会が新憲法を出来ないとして、それを責めて反政府運動を展開している。
毛派に対しても、少しはまともに正当な注文をつけている。
彼らは過去の罪滅ぼしのためにも、今主張していることを曲げないで欲しい。

一部の民衆は早く憲法をつくれと言っている。
しかし私はここに来て、その憲法は出来ない方がいいと思っている。
それは、毛派と統一共産党が主導の憲法は、将来に問題をはらむと思うからである。
憲法は出来ればいいというものでもないと思う。
大体において、20年前の民主化の際に出来た憲法を、国王に関するところだけ修正すれば済む問題だと私は思っている。
国王だって、王宮を去るとき「主権は国民にある」と言っていた。

数日前の新聞に、毛派の2番手バムラム・バッタライに同じ党内から殺すという脅迫があったという記事が載っていた。
そしてそれが罪にならない。
民主主義とは程遠い世界である。
そもそも民主的でない手段で政権についた政党に正義はあるのか。
それはともかく、統一共産党と毛派の連立内閣は議会延長を強行するであろう。
それはあと5日に迫った。
国民が選挙で選んだ政治家たちの政治であるが、政治は国民の意思とは違った方向に進んでいる。

ネパール会議派の大罪 »

スポンサーサイト

«  | ホーム |  »

プロフィール

宮原巍

Author:宮原巍
ネパールに住んで45年。
1934年、長野県青木村出身。
1968年トランス・ヒマラヤン・ツアー社(カトマンズ)、1969年ヒマラヤ観光開発株式会社(東京)を設立。その後、ホテル・エベレスト・ビューとホテル・ヒマラヤ・カトマンズを建設。
長年ネパールの観光事業に携わり、ついにはネパールの国籍を取得。
著書に『ヒマラヤの灯火』(文藝春秋刊)、『還暦のエベレスト』(山と渓谷社刊)がある。

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

ご挨拶 (29)
ネパールの政治 (109)
ネパールの観光 (1)

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム

リンク

このブログをリンクに追加する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。