2011-04

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昔のネパールは良かったのか、

少なくも私にとっては「昔は良かった」といいたくなる気持ちがある。
国民生活の水準は今のほうが確かに上である。
しかし、そのために失ったものも多い。
地球上どこもかしこも、経済が優先する世界となってしまった。
一人ネパールだけがその圏外にいることはあり得ないことも分かる。
30年前、ネパールは人情ともども、地球の楽園のようなイメージで外国の多くの人々を惹きつけた。
そしてたくさんの外国人が来るようになった。
ヒマラヤが解禁になり登山隊が来て、ヒッピーが来て、観光客が来るようになった。

さて新憲法制定まで、この3年間、600人の議員がかかわってきたのであるが、どうやらその憲法は5月28日までには出来そうもない。
日々の新聞を見ても、このところ憲法の話は出てこない。
ネパールは中国とインドという二つの大国に挟まれた小国であるが、独自の文化とネパールの特異性〈人情・地形・自然〉を生かして、王制〈立憲君主制〉というかたちを採りながらも民主的な政治形態を持ち、世界でキラリと輝く星のような存在であって欲しかった。
ところがどうだ、折角の歴史は抹殺され、民主化とは名ばかりで未熟な政党政治と共和制とかいう政体は人心を荒廃させ、規制のない資本主義は格差をもたらし、それがまた、皆を金の亡者としている。

ところで、昔と今の生活を比較してみよう。

             昔    今

国民の年間平均所得  US$ 140   240  しかしこの数字はあまり当てにならない。

物価とかを考慮にしなければならないからである。これはあくまで指標。

生活面 水道      ○    Ⅹ    4日に一度、約一時間ちょろちょろと水

が出る。まったくでない地域もある。庭に井戸を掘って対処。

    電気       ○    Ⅹ  一日14時間停電。雨季は6時間位。

    環境       ○    Ⅹ    カトマンズは最悪。 

    人情       ○    ?    今は地に落ちたと感じる時もある

    経済格差     Ⅹ    Ⅹ    一般に生活水準はあがったが、格差も助長された。
                       特に貧しい人たちはそのまま。

    政治       ?    Ⅹ   ネパール語で駄目になってしまったことを「カッタム」という。
それだ。


この比較は、表面的なところだけを安易にとらえたものであり、それに偏見もあるが、それを念頭に判じてもらいたい。
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プロフィール

宮原巍

Author:宮原巍
ネパールに住んで45年。
1934年、長野県青木村出身。
1968年トランス・ヒマラヤン・ツアー社(カトマンズ)、1969年ヒマラヤ観光開発株式会社(東京)を設立。その後、ホテル・エベレスト・ビューとホテル・ヒマラヤ・カトマンズを建設。
長年ネパールの観光事業に携わり、ついにはネパールの国籍を取得。
著書に『ヒマラヤの灯火』(文藝春秋刊)、『還暦のエベレスト』(山と渓谷社刊)がある。

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