2010-10

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何かがしんどいネパール

東京にいてネパールの情報を聞くと、まず脳裏をかすめるのが「しんどいな」という気持ちである。
権力闘争、その権力に媚びる人たち、それをまた真っ当だと受け止める人がいること、それがそんな気持ちにさせるのだろうか。
ネパールの政治は、国の発展、国民の生活向上、そうしたことと縁遠いところで動いている。
そして、若い学生たちが、やれ会議派だ、共産党だと騒いでいる。
中国の反日デモをしている若者たちと同じで、思い込みだけで動き騒ぎ立てているだけだ。
しかしこうしたことに左右され、物事が進んでいくということが恐ろしい。
やはりしんどいとしか言いようがない。

カトマンズはダセインの休みが続いている。私は今日これからそのカトマンズに行く。
これもしんどいと考えさせられる一つの要因であろうか。その後すぐにポカラに行ったりするので、またしばらくブログは送ったりおくらなかったりなりそうだ。
カトマンズン帰ったら、政情その他、少し詳しく送りたい。
政治家たちは討議のための討議を続けるだけだ。
きっとそんな報告になってしまうのだろうか。

(ドン・キホーテ続き)

世界最高所のホテル

ホテル・エベレスト・ビューは世界一高いところにあるホテルとして、ギネス・ブックに名前が載っている。
しかし、高いところの、不便な場所にあるだけに、営利事業としては大変であることは容易に判断がつく。
本人も、
「馬鹿じゃなければ、こんな仕事はできませんよ」
 と、自覚している。 だが、訪れるすべての人たちがホテルからの景観に感動し、このホテルを褒めてくれるので、それだけを喜びだという。
確かにホテル・エベレスト・ビューからの景観は、宮原にとっても長い年月見続けながら、いまだに飽きを感じさせない素晴らしさがある。そして、建物も、しっかり周囲の自然に溶け込んでいる。
(中略)
フランス人女性のこの言葉に、宮原は苦労が報いられたように思った。
そこにいくと、日本の人たちの反応は少し異なる。
「このホテルは泊まり賃が高いから、石垣をさすって帰ります」
 なんというさびしい発言だろうか。これを聞いた宮原は言葉に詰まった。
高いといっても、宿泊費は東京のビジネス・ホテルの宿泊費とほとんど変わらない。
ところが日本人観光客の間では、ときにこんな会話が交わされることもある。
「ええ!」と尻上りの抑揚で素っ頓狂に叫んでから「あのホテルに泊まったの! あなたお金持ちー!」
 何を根拠に、そんなに非難めいたことを口にするのだろうか。はるばるヒマラヤまで来たというのに。つめの垢ほどでいいから、宮原の志に理解を示してはどうだろうか。
「ホテル・エベレスト・ビューはヒマラヤ山中にできた世界で最初のホテルである。
そしてまたネパールの国立自然公園にあるホテルとして、さらにはユネスコの世界遺産地域内のホテルとして環境に配慮し、商業主義に走らず、訪れる誰からも、サービスを含めて、讃辞を得られるようなものでありたい。
ヒマラヤを対象とする観光の模範となるようなかたちにしたい」
宮原はそう願っている。
「どんなに苦労しても、それは私一代のことだ。良い見本となる前例を残したい。そうした責任が私にはある」
 これがホテル・エベレスト・ビュー経営の理念である。
(後略)

    第三章 ヒマラヤン・ジャッカルといわれた日の頃

ヒマラヤ救助隊とネパール山岳協会設立

ヒマラヤ救助隊の設立からしばらくして、
「テクチャン、もう一役買ってもらおうじゃないか」、「テクチャン」というのは、先のヒマラヤ救助隊の会長に就任したテク・チャンドラ・ポカレルの愛称である。
 宮原は、次にネパール山岳協会設立の話を、再び彼に持ちかけた。(前略、後略)

自然公園法と森林保護

「カーン、カーン」
シャンボチェの森の木を伐る斧の音が、あたりの静けさをやぶって聞こえてくる。
宮原はホテルを造り始めたころ、周辺の森で伐採音を聞くと必ず駆けつけて、村人にこの素晴らしい森を守るために、木を伐らないように注意していた。そのたびに気まずい思いをするのだが、黙ってはいられない性分なのである。ときには、
「あんたこそ、あんなところにホテルを建てて、我々にものが言える立場か」
と反撃を食らうこともあった。
「まあまあ、そう言わないでくれ。このシャンボチェの丘は、エベレストも見えるし、世界に二つとない素晴らしい場所だ。それにここは寒いところだから木もなかなか大きくならない。だからここら辺の林は大事にする必要がある。頼むぜダジュ」
 ダジュとは、兄貴とか、兄ちゃんといった親しみをこめた呼びかけの言葉である。(次回へ)
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プロフィール

宮原巍

Author:宮原巍
ネパールに住んで45年。
1934年、長野県青木村出身。
1968年トランス・ヒマラヤン・ツアー社(カトマンズ)、1969年ヒマラヤ観光開発株式会社(東京)を設立。その後、ホテル・エベレスト・ビューとホテル・ヒマラヤ・カトマンズを建設。
長年ネパールの観光事業に携わり、ついにはネパールの国籍を取得。
著書に『ヒマラヤの灯火』(文藝春秋刊)、『還暦のエベレスト』(山と渓谷社刊)がある。

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