2017-08

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ブログ再開と「ヒマラヤにホテルを三つ」

このブログを休んで早や2年近くになろうか。
2年半前より、ホテル建設でポカラの山の上にいることが多く、ブログを続けるような環境になかった。
今もそうであるが、再開したいと思う。

5年程前、ネパールの首相を何回も務めたギリジャ・コイララが逝去したとき、やれ「国父」だどうのこうのと言うので、それはないだろうと反発を感じ、このブログを立ち上げたのであった。
爾来続けたブログは、どちらからと言えばネパールの悪口が多かったが、私は今ネパール国籍であるので、自国のことを言っているのだということで許してもらいたい。
実は私がネパール国籍をとったのは、そうした発言をすることが目的であった。

ところで、そのブログの延長線上になるが、2週間ほど前、『ヒマラヤにホテルを三つ』という題で、中央公論新社から本を出した。
この題名は出版社がつけたものであるが、そのサブタイトルは最初「ヒマラヤに賭けた男の物語」というものであった。
それには抵抗を感じ、「ネパールの開発ヴィジョンを語る」というようなものにしてもらいたいと提案した。
事実本の内容は、後半の40%はそうしたことを書いた。
そんな話し合いをしているときに、ネパールで地震が起きた。
そうした状況下にあって、前者のサブタイトルでは、私は顰蹙を買いかねないとも限らないとして、後者のサブタイトルにしてもらった。
「ヒマラヤに賭けた男の物語」ではは、なにかにやけていて、地震のことそこのけで、自分のことばかり考えているようだし、それにこの本の目的とするところもそうではなかった。

本は近くの書店か、若しくはヒマラヤ観光にご連絡をいただき、お求めいただければ嬉しいです。
このブログに本のチラシを添付しました

地震でお亡くなりになられた方々に哀悼の意を表します。
そして被災され不自由な生活を強いられている方々にお見舞いを申し上げます。
ただ、私の本の最後に「発刊に寄せて」を書いて下さった、大澤沢睦子さんの(今回のネパールのことは単なる天災ではない)という言葉に私も同感です。
救援がどうの、復興がどうの、地震の現状はどうのと書くと、ネガティブな書きようになりそうなので、それをここで書くのはやめます。
ただ、大澤さんの言葉にいろいろなことが凝縮されているように思います。

ブログ再開になりますが、よろしくお願いします。

ヒマラヤにホテルを三つ
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今年のネパールは雨が多い

カトマンズはいま田植え時期に入った。しばらく前、雨が多かったのだが、いざ田植という時になって、ここ数日雨が降っていないという。昨日ポカラから戻ったが、ポカラはよく雨が降る。雨が止みカラット晴れると、これは日本の真夏の暑さとなる。たが日陰に入ると涼しく、ポカラはちょっと蒸し暑い時もあるが、何とも気候がよい所だと思う。



ところで、数日前、選挙は11月19日だという告示があった。いまネパールの政局は会議派、統一共産党、毛派、それにタライのマデッシ・フォーラムの4つの政党のそれぞれの代表4人の協議で動いているのだという。その人たちが真に国を思い協議しているのであればいいのだが、決してそうとは思えないところに問題があると私は思っている。選挙は告示されたが、巷には、そう予定通りにはいかないであろうという声も多くある。



そこにあるのは、政治家たちの権力志向と党利党略しかない。ひるがえって考えるに、少なくも歴代の国王は、国のことを考えていたように思う。しかし、民主主義の名のもとに出てきた人たちは、まず自分のことを考え、そして権力を手にしたい、それだけで行動しているように思えてならない。4人であろうと国王1人であろうと、そこに大した差異はないのが今のネパールである。



そうこうしている間に、素晴らしい自然と、豊富な水資源を持つこの国が、乱開発され、経済活動だけが先行し社会は無秩序に発展している。それなのに社会基盤は何も整備されない。経済格差は広がるばかりである。民主主義と資本主義の悪い所ばかりが取り入れられているのがネパールの現状である、といったら言い過ぎであろうか。このところ、巷に雨が降る如く、わが心にも雨が降る、といった感じでネパールの日々を過ごしている。



話は変わって、この7月7日に長野県小県郡青木村の文化会館で、「ヒマラヤと南極を語る―氷河・環境・観光―」という題名の講演会があります。講師は樋口敬二(名古屋大学名誉教授、元名古屋市科学館館長)、渡辺興亜(国立極地研究所名誉教授・元所長)、上田豊(名古屋大学名誉教授、信州大学山岳総合研究所特任教授)といった人たちで、斯界の第一人者のお話です。私の村でのことでもあり、私の話もちょっと入ります。よろしかったらお出かけください。

問い合わせ等は岩田修二(都立大名誉教授、早稲田大学講師)、電話:0268-49-0670、もしくは042-736-6642です。ヒマラヤ観光(丸山・高橋)でも構いません。午後1時開演、その日は田沢温泉で一泊、翌日は里山歩きといった催しとなっています。

ネパールを貧しくしているもの

まだ雨季宣言はされていないが、今年は雨が多い。
雨後の緑鮮やかな情景は、ネパールならではのものがある。
この季節、低地は雨でもヒマラヤの山の上は雪である。
雨が止んだ時、姿を現す新雪におおわれたヒマラヤはことのほか美しい。
ネパールは海がないけれど、自然の素晴らしさと、その多様性は特筆に値する。

ネパールは本当に貧しいのか。
確かに四半世紀前ぐらいまでは、開発の遅れで、国全体の貧しさが目立った。
しかし今はどうなのか。この25年、30年の間に、他の国同様にネパールも大きく変わった。
そうはいっても、未だ多くの農民や低所得労働者は、依然貧しさから抜け出せないでいる。
そして職の無い若者が多い。

何故そうなのか。
1950年代駐インド大使も務めた、アメリカの経済学者ガルブレイスがその後「貧困」という本を出した。
そこで指摘されている状況が、今も根強く残っているというのも現実である。
でもその後、経済は多様化した。
国が貧しいのは、天然資源が乏しいとか、開発のための資本の無いとか、技術の後進性とかを挙げられなくもないが、今はそれが国を貧しくしている原因とは言えないのではないだろうか。
では何か。
私がここ十年ほど前から持った考えは、政治が悪い、あるいは無いの一語に尽きる。

貧困と格差に慣れた社会的均衡こそ、政治によって打破されなければならないものだと思う。
何かマオイスト的発想になった感があるが、当のマオイスト(毛派)は、今やネパールで一番の金持ち組織となり、権力志向が強く、初心は何処へやらといった感じである。

やはりあれは権力闘争だったのか。
マオイスト闘争で犠牲になった14,000人の人たちは、その権力奪取の手立てだったのであろうか。

「権力の美酒」とはよく言ったもので、それに酔うと、国民は奴隷のように見えるのであろうか。
貢物を出せ、しからば君を保護しよう。
この考えは、人間社会が形成され始めた原始社会にもあったように思う。

ところで、この11月20日頃に予定された選挙は本当にあるのか。
巷には、ここに至ってまた4大政党が党利党略ばかりを考え、自分たちが折角決めた暫定選挙実施内閣に干渉し始め、選挙は出来そうもないという噂も飛び交っている。
若しそうだったら、ネパールを貧しくしているのは、こうしたことの繰り返しばかりを続ける政治にあるといえよう。

ネパールは変わるのか

悪い方向に変わっていくのは、簡単なことのように思える。今ネパールも急激に変わりつつある。開発というか、発展もしているように見える。ただ私が受ける印象は、国を壊しながら発展していくように思えてならない。森林しかり、市街地の環境しかり、あの河川の汚れは尋常ではない。山間地の村々にのびる道路も、あちこちパワーシャベルで削りっぱなしである。

人心も、金、金の世界ですさんでいるように見える。経済活動が活発になればなるほど、欲望も膨らむ。これは何もネパールに限ったことではなく、日本でも他の国でも同じであるが、素朴さが色濃く残っていた昔のネパールを知る者にとっては、ついもう少し何とかならないものかと思ってしまう。

青い空、白く輝いて見えるヒマラヤの雪嶺、澄みきった小川の流れ、牧歌的な田園風景、それらは今、カトマンズから消えてしまった。この春、カトマンズの街のあちこちで咲いていた巴旦杏の白い花も、昔のような存在感はない。

人も、国民性もその根本にある何かは変わっていないように思えるが、表面的には確かに変わっている。自分たちが変わって、ネパールの人たちに変わるなというのは所詮身勝手な言い分であるが、ついそうしたことも言いたくなってしまう変わりようである。日本のシニアボランティア―で、この3月に日本に帰った一人は、ネパールの人と付き合うのに疲れきったと言っていたが、その理由は何か。ただ、私は肌でその気持ちが分かるように思えた。

人々があまりにも物の世界に入り、社会にあって尊いもの、美しいもの、優しいもの、そうした文化的というか精神的なことにも同じように価値を見出さなければ、豊かな精神文化に支えられた豊かな社会は期待できないと思う。短絡思考かも知れないが、最近私はそうしたものの全てが、政治の悪さに帰結すると考えてしまう。

ネパールの政治は、ここ20年お互いの足の引っ張り合いで、政争を繰り返す以外は何もしていない。その間に台頭したマオイストも、今また国民の期待を裏切りつつある。何とか国が動いているのは、昔からの官僚組織が一応機能しているからであると思う。選挙は6月中にといっていたが、政党の干渉もあってどうも予定通りにはいかないようである。先週末、一週間ほどの予定で日本に来た。この週末またネパールにとんぼ返りであるが、ネパールが良い方向に変わってもらいたいと思いながらも、最近、私は無力感におそわれる。

ネパールの人は逞しい

今回ポカラで仕事をしていて思ったことは、ネパールの人はタフというかともかく逞しい。
あの生活環境のなかで、ダルバート、タルカリ(ご飯と豆のスープ、野菜ジャガイモのカレー煮)の粗食に堪え(もっとも肉は週に2回、他にかなり油を使う)、働く人は良く働く。今、ホテル建設現場では、石工、土工の人たち40人ほどが働いている。その皆は土の仕事になるといきいきとして来るのに驚いた。それに比べると能書きで生きている人たちはどこかずる賢い。しかし人間社会は徐々にそういう人たちが増え、社会もそれに適応するようになっていくのだろうか。日本だってそうだ。

能書きを言っているだけで済む最たるものはネパールの政治家たちか。言いたいことばかり言い合い利権をあさる。
ポカラの飛行場を中国の借款で中国の業者がすることになったらしい。しばらく前までは、政府はゴーサインを出していなかった。
住民の声。
「選挙も近々行われることになるので、大臣たちはその後のポジションが保障されるわけではないので、今のうちにコミッションをとり、この工事が始めることにした」
例えば、その工事費の総額は2,900億円で、私が想定(試算)する1.5倍ぐらいの金額になっている。そうなると、10億単位の金が動く。結局そのしわ寄せは国民にのしかかることになる。一般国民はますます貧しさから抜け出せない構図である。政治家が国民を欺く。能書きを言っている間はまだいいが、こうなると私などに言わせれば死刑ものである。もっともネパールは死刑廃止国家である。

今のネパールでの最低賃金は、日本円で1万円ほどである。結婚して学齢期前の子供がいる家庭では、どんなことがあっても1万2千円ほどは必要である。ネパールでは今物価高が急激に進む。クッキング・ガスのシリンダー1本が、今の1,600ルピーから一気に600ルピー上がり2,200ルピーになるという。政治家と業者の結託かとも思ってしまう。
それでもネパールの人たちはじっと耐えている。

ともかくネパールでは理不尽なことがかなりまかり通る。経済的に発展はしているが、ヴィジョンも秩序もない発展で、国を壊しながら発展しているように思えて仕方がない。確かに街は活気がある。このエネルギーを上手に活用できればこの国は素晴らしい国になる。

ネパールでは右手の親指と人差し指を立てて手首をくるっと回し、
「ケ ガルネ」(どうしようもないとか、どうすればいいんだというような意味)
というゼスチャーがあるが、最近そのゼスチャーをする人さえすっかり見かけなくなった。

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プロフィール

宮原巍

Author:宮原巍
ネパールに住んで45年。
1934年、長野県青木村出身。
1968年トランス・ヒマラヤン・ツアー社(カトマンズ)、1969年ヒマラヤ観光開発株式会社(東京)を設立。その後、ホテル・エベレスト・ビューとホテル・ヒマラヤ・カトマンズを建設。
長年ネパールの観光事業に携わり、ついにはネパールの国籍を取得。
著書に『ヒマラヤの灯火』(文藝春秋刊)、『還暦のエベレスト』(山と渓谷社刊)がある。

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